
「ツーリストシップ5」は、美術家・船越晴稀が参加したアーティスト・イン・レジデンスの道中に見聞きした観光的な物事を、観光客の持つふまじめさを頼りに断片的に紹介していくシリーズです。
前回のバンコク編に引き続き、今回はチェンマイでの経験を紹介します。
3月28日にレジデンスの成果を発表するオープンスタジオを終えた私は、日本に帰国する4月14日までの2週間をどのように過ごすか悩んでいました。チェンマイに行くか、プーケットに行くか、コンケンに行くか。どの県も魅力的だったのですが、迷った末にチェンマイに滞在することを選びました(事前にいくつかの予定が決まっていたため、合間を縫って三日間だけの滞在となりました。)。
どうやらオープンスタジオに来てくれたガウというアーティストがチェンマイを拠点に活動しているらしく、しかも無料で滞在していいとのことだったので、まだ1回しか会ったことがなかったけど彼の家に滞在させてもらうことにしました。
日数が限られていたので事前に計画を練るために彼におすすめのアートスペースを質問したところ、彼から返ってきた返事は「I know every place in cnx」だけでした。
朝、チェンマイに着いた私はとりあえずガウから送られきた住所へ向かうと、そこはワット・ウモーンというお寺でした。ガウはお寺に住んでいて僧侶の方のお手伝いをしながら生活をしているようです。どうやら今回の滞在は、彼の中では僧侶の方のお手伝いをする計画になっているようでした。
ということで、今回はいつの間にか僧侶の見習いになっていた私が、チェンマイで見習いとして生活する中で得た知識を少しだけ紹介したいと思います。

ワット・ウモーンは、チェンマイ国際空港の西側に位置しており、1990年代にチェンマイ各所で起こったパブリックプロジェクト「CMSI(チェンマイ・ソーシャル・インスタレーション)」の会場の1つでもあります。敷地内にあるギャラリーには、CMSIの当時の資料やナウィン・ラワンチャイクンの手によって再現されたモンティエン・ブンマーの彫刻作品などが展示されています。

ワット・ウモーンでは洞窟の中に本尊が祀られており、過去には日本軍の滞在場所になっていた歴史もあるようです(チェンマイに建立するいくつかのお寺には、日本軍が統治していた歴史があります。しかし、それらの歴史は資料として残されておらず、僧侶の方達の口頭伝承によって伝えられています。)。
お寺の敷地内が広いこともあり、近くには多くの僧侶や若い見習いが住んでいます。
その中で私は彼らに混ざりながら見習いとして数日間だけ僧侶・ウィジットさんのお手伝いをしました。

修行中の僧侶は毎朝3時に起きます。私の場合はゲスト対応だったのでゆっくり6時に起きました。
朝起きてから最初に、お寺の屋根や道の掃き掃除を行います。掃除を始める前にお寺でお祈りを済ませると、風が吹きました。ガウはこの風を「welcome wind」と呼んでいるみたいです。タイ語では正式に何て呼ぶのでしょうか。朝は観光客が居ないので、鶏が木に登ったり、喧嘩したり、走ったりなど至る所でうろちょろしていていて、朝って感じがします。
1時間ほど掃き掃除をした後は朝食をとります。ガウの祖母が毎朝用意してくれました。

初日は、ガウが従事している・ウィジットさんの家に行き、お守りを見せてもらいました。それぞれのお寺には、タイのお守り「プラクルアン」をつくれる僧侶の方がいます。彼らはそれぞれ窯を持っており、定期的にお守りを焼成しています。お守りをつくるためには専門的な技術だけでなく、お呪いを込められる僧侶かどうかも重要です。
例えば、タイで最も美しいとされているピサヌローク県ワット・ヤイのプラ・プッタ・チンナラートには光背に天使が描かれています。これは仏像を鋳造する際に天使の助けを必要としていることを意味しています。お盆とお葬式の時くらいしか仏教に触れていない私がお守りづくりを手伝ってもいいものか悩みましたが、私が思う礼儀を尽くせば良いと伝えられました。とりあえず「失礼します。」と伝え、お手伝いを始めました。

お守りは、主に自然界から取れたり信仰的な文脈を経て手元にある物が材料として扱われています。例えば、ご飯やバナナなど近隣の住民からいただいた物、古くからあるハチミツ、蟹の粉、花を粉末状にした物、スパイス、宝石、世界中のあらゆる場所で汲んだ水を混ぜ合わせた物など、必然性があれば基本的に何でも入れることができます。

これらをすり鉢のような容器に入れ、一塊になるまでタムタムします。この最中にも僧侶の方とすり鉢を白い糸で繋ぎ、お呪いをかけます。お呪いをかけることで、僧侶の魂がお守りの中へと流し込まれ、お守りに魂が宿るとされているからです。その後、粘度を調整し型に流し込むことで成形します。素材によっては乾燥することで完成する場合もありますし、乾燥させた後に焼成する場合もあります。

チェンマイには、お守りを販売している大きな市場があり、僧侶の人はそこに卸したりもしています。お守りの価値は、制作年・制作しているお寺・デザインの希少性・素材・成形のクオリティによって決まっており、基本的にルーペでディティールを確認し、価値を確かめます。

お守りには、仏や僧侶、軍人などの肖像が彫られており、それぞれの物語になぞらえた効能を持っています。お寺によってデザインが異なるのですが、一体誰がデザインしたのでしょうか。
中には、キャンディと呼ばれている(ガウが呼んでいた)球体のお守りも存在しています。球体のお守りの興味深い点は、イメージを持っていないということです。これは、偶像崇拝を禁止しているイスラム教徒への配慮としてイメージを持たない球体が採用されているみたいです。
私はアーティスト・イン・レジデンスのプログラムを終えていたので、チェンマイでの目的は、リサーチではなく観光をすることでした。アートスペースに訪れたり、ナイトマーケットでお土産を買おうかなんて考えていたのですが、お寺に滞在しているので夜8時には寝なくてはならず、ウィジットさん(僧侶)に従事するガウ(見習い)の見習いとして過ごしました。
朝、掃き掃除をしていると観光客とガイドの方が私の方に近づいてきて「Hello.」と言いました。
ガイドの方の目は、私に何か現地人としての特別なサービスを期待しているようでした。私は既に仏教徒の心構えになっていたので、華美な振る舞いはせず簡単な会釈だけしました。どう振る舞うのが正解だったのでしょうか。私は、観光目的で来たつもりが、いつの間にか観光する側ではなく観光される側になっていたのでした。
お寺での生活が中心だったものの、アートスペースにもいくつか連れてってくれたので簡単に触れておきます。

The Land Foundation
1998年に始まったアーティストによるオーガニックな持続可能性を模索するためのプロジェクトです。敷地の中心には水田が広がっており、毎年チェンマイ大学の学生とお米を収穫しています。
収穫したお米は関係者やエイズの流行で病に倒れた地元の村の家族数世帯、美術館、アートスペースなどで無償で配られています。最高の場所です。

GALLERY SEESCAPE
場所:22 1 Nimmanahaeminda Road, Tambon Su Thep, Mueang Chiang Mai District, Chiang Mai 50200
2008年に設立されたオルタナティブスペースです。隣にカフェが併設されています。ガウが嘆いていたのですが、チェンマイのアートスペース事情は芳しくないそうで、カフェには人がいっぱいいるのに、ギャラリーには人がいませんでした。悲しい。

SUVANNABHUMI ART GALLERY
場所:16, 3 Huay Kaew Rd, Chang Phueak, Mueang Chiang Mai District, Chiang Mai 50300
1999年に設立されたギャラリーです。主にミャンマー出身のペインターの作品を扱っています。3階建てになっていて、階段や廊下、部屋の中に所狭しと作品が展示されています。中には、ミャンマーの美術を語る上で重要なKin Maung Yinの作品も扱っていたりします。
船越晴稀




