
この企画は、芸人の九月と、彫刻家/文筆家のコニシムツキによるラジオ番組です。
辞書を引いて出てきた単語をこねくり回して面白がる。ただそれだけの時間を過ごします。
Podcastでも、ブログ記事としても好きな形で。
コニシ:はい、ということで今回も「広辞苑」やっていきます。お相手はコニシムツキと、
九月:九月です。お願いします。
コニシ:はい。では早速今週も、辞書を引いていきましょう。ストップをお願いします。
九月:はい。……ストップ。
コニシ:はい。……えー、「癒える(いえる)」。
九月:いえる。
コニシ:えー、これはですね、癒やされるの「癒える」ですね。傷が癒えるとかの。「癒ゆ(いゆ)」、えー病気や傷が治る。全快する、完治する。心の悩みや悲しみが解消する。
九月:あれ、これ初めてさ、知ってる単語来たぞ!
コニシ:そうですね(笑)。
九月:言ったことあるし、知ってる。読めるし書けるぞ、俺「癒える」は。
コニシ:いえる。
九月:えー、珍しい。知ってるやつでしたね。今んとこさ、この広辞苑引いていろんな言葉について喋るという企画やってきたけど、知らないのばっかだったじゃん。
コニシ:これ知ってるやつです。
九月:癒えるに関しては知ってる。しかも英語でも言える。ヒール(Heal)。ヒールだ。
コニシ:馴染み深い。ヒーラーとかでお馴染みの。
九月:いや、そうですね。え、一番簡単じゃん。「癒える」。知ってる単語だ、嬉しい。ま、知ってるからって、でも本当に知ってるかわかんないしね。いやなんかさ、俺「癒える」、傷が治るとかで言うと、その蛇口ひねって水が出るのと同様にさ、そうなることは知ってるけど、どういう仕組みか分からないもの、の扱いだな俺。
コニシ:ああ、まあ確かに。
九月:カサブタとかさ、マジで速攻治るじゃん。
コニシ:確かに。
九月:びっくりする、あれ。
コニシ:なんかその、人体としての仕組みだなんだとかはあるんだろうけど、なんか体感としては「もう大丈夫」でしかないっていう。
九月:そうそうそう。びっくりする、治るの。なんで治るんだろうって。いやなんかさ、靴とかカバンの手入れとかを調べると、結構やっぱ大変だったりするじゃん。油を塗ってどうこうとか、湿度避けてとか。でも人間ってそういうのしなくても傷治るじゃん。
コニシ:「癒える」。
九月:凄くない、それって? 自己再生能力というかさ。
コニシ:そうっすよね。
九月:靴は死んでるじゃない。靴は生き物じゃないから細胞再構成できないけど、人はできる。
コニシ:僕もね、高校の頃、木工芸の高校に行ってたんで、木を切ったり削ったりという加工をやってたんですけど。ちょっとだけね、痛い話なんですけど、そのベルトサンダーの機械……ヤスリがガーっと回転してるやつですよね。あれで、コパんとちょっと怪我をしてしまって。人差し指の爪が、半分くらいガーっと削れちゃったことあるんですよ。
九月:ひぇー……!
コニシ:で、もうずっと痛くて。爪って指の力を支えてるんですよね、後ろで。
九月:はいはい。
コニシ:だから物を待ったりとか、指で何かを掴もうとするたびに痛いんですよ。で、これどうしようかな、もうどうしようもなんないなと思って耐えて耐えて。しばらくしたら、やっぱその、穴が開いてた爪のところがだんだん伸びて、傷口のところが塞がっていって、あの、クワガタみたいな状態になるんですよ。
九月:ああ、そっか。
コニシ:爪がね。丸くバーンと穴が開いちゃってたところが伸びてって、爪切っていって、穴のところが抜けて普通の爪の状態になったときに、めちゃくちゃ「年月経ったな……」って。
九月:年輪みたいだね。
コニシ:木みたいなね。そっか爪って、こんな距離伸びてんだ、みたいな実感。めちゃめちゃしましたね。
九月:いやあるな。爪ってさ、怪我した後の癒え方分かりやすいよね。それこそ俺も爪怪我したことあるからさ、患部が上に来る感じ嬉しいよね。「大人になってる感」みたいな。
コニシ:「来てる来てる、もうちょっとで終わるぞ、行けるぞ」っていう。血豆とかね。
九月:嬉しい、嬉しい。ただうちの母ちゃんがね、多分足の小指の爪がほぼ無いのよ。
コニシ:えー。
九月:なんか、凄い退化してて。
コニシ:それは深爪のあまりとかじゃなくて、体質として?
九月:なのか、老化なのか分かんないんだけど。で母親は自分の小指の爪のことを「みっともない」って言ってて。
コニシ:なんか負い目はあるんだ。
九月:負い目があるらしいんだ。爪がちっちゃいことに。
コニシ:そんな感じなくていいのに(笑)。
九月:だんだん、なるのかも知れない。爪の再生能力が無くなったときに、爪自体が生まれるのをやめたら、爪無くなっちゃうから。
コニシ:ああ、そうなんだ。
九月:みっともなくはないよ、母ちゃん。フライングV母ちゃん(笑)。
コニシ:そういうことよ。
九月:まあでも、やっぱ「癒える」っていうのは若さの証でもあるし、その上限が変わってくるからね。体力100だとして、70まで減ったのが休んだら100に戻るっていうのは若い頃はできるけど、だんだんマックスが95とか90になっていくわけでしょ。
コニシ:いや、そうですね。
九月:「癒える」こと自体にも限界はあるよね。癒え続けることはできない。
コニシ:確かに。なんか、元に戻るのとはまた違いますよね。心の傷のことも「癒える」とか言うじゃないですか。だから「治す」ともまたちょっとニュアンス違うなって感じしますね。
九月:「治す」「治る」より優しいよな。
コニシ:そうですね。
九月:「治す」って嫌じゃない? なんかバカみたい、「治す」って。
コニシ:まあ、逆に風邪が「癒える」とは言わないっすね。風邪は「治す」というか、不調不都合を……みたいな印象だけど。
九月:なるほどな。
コニシ:やっぱ失恋とか、喪失とか、そういったものは「癒える」。
九月:「癒える」だと、無くなるわけじゃなくて、割とそれを消化して飲み込んで、自分を新しく作り替えてまたやっていく、みたいな気がするじゃん。一番グロいのはあれだよな、直線の「直」の「直す」「直る」。一番嫌、あれ。
コニシ:すっごい作業的な(笑)。
九月:すっごい嫌。強制力のある感じ。
コニシ:確かにそれ、人とかに対して使いたくないっすね。
九月:使いたくない。俺が予備校講師のバイトしてた時に英語の授業をしてて。下線部和訳の問題で、基本的には「下線部を日本語に訳せ」とかなんだけど、一部の「見識のない大学」が「下線部を日本語に直しなさい」って書いてあって。見識ないって、それは!
コニシ:異常事態、みたいな(笑)。
九月:そう。それで言ったら、元々英語なんだから日本語にする方が違うのに。
コニシ:確かに。
九月:「直しなさい」って何なんだよって。良くないよな。英語なのは異常だから、本来あるべき姿の日本語に戻しなさいっていう。そんなわけなくないかって。未だにあるよ、見識ないところ。ただ、見識ありすぎると逆に変になるっていうのもあって。大阪大学がびっくりしたんだけど、和訳の問題の聞き方がね「下線部の意味を日本語で表しなさい」って書いてあって、もう回りくどくなってる(笑)。言いたいことも考え方も分かるんだけど、配慮して配慮して「翻訳とは何か」っていうのを。
コニシ:そんなに慎重に歩かなくていい(笑)。
九月:めっちゃ考えた結果そうだったんだろうけど。石橋を叩いて渡る。皮肉にもキャンパス、大阪の石橋駅にありますから。そういうことなんでしょうけど。
コニシ:見識ありゃいいってもんじゃない。
九月:「癖」とかも「直す」、その「直」の方で言う。
コニシ:確かに、良くない状態のものに対して言う感じっすもんね。
九月:直毛にする感じとか。直毛って、何なの。変な言葉。さらさらが直毛みたいにされて。自分から生えてる毛が本来、直毛じゃん。直で生えてるんだから。
コニシ:確かに。捻れてようが、ひねくれてようが、頭皮から生えてたら直、直ではあるよね。
九月:変なのってずっと思ってた。
コニシ:そのストレート側の、お前の意見だろ、みたいな(笑)。
九月:確かに「標準語」みたいな。
コニシ:そうそう。ストレート中心主義。標準語も嫌ね、関東と関西のそれぞれの言葉だろ、みたいな。
九月:そうなんだよ。俺、標準語って言わないようにしてるもん。全国回るから、なるべく「共通語」と言い換えてる。
コニシ:なるほど。
九月:そうあるべきだなって。ただ一方で、共通語とは言うけど、「関東弁」って言うほどは歩み寄ってない。
コニシ:関東弁まで行くと、逆にちょっと嫌味っぽく感じられちゃうのかな、みたいな気もしますよね、関東の人に。
九月:そう。地方に寄り添いすぎてて、それはそれで違うかなって。あともう一個あるのがさ、「マジの関東弁」とか「東京弁」って言うと、「てやんでぇ」なのよ。「あっしは」なのよ。江戸っ子ですよ。
コニシ:そんな奴いないから(笑)。江戸弁の奴、一人も見たことないから。
九月:いわゆる、NHKとかで使うような「言葉選び」ね。朝ドラの言葉選び。だから、「標準語」とは言いたくないけど、「標準」ってなんか嫌だもん。
コニシ:確かに。特に標準も何もないし。
九月:そうでしょ。つまりそれで言った時に、「癒やす」「癒える」みたいな言葉って、どこまで戻るかを決めてないのが優しいね。
コニシ:ああ、確かに。基準を設定してない感じ。
九月:あるところまで来ること、って意味でしかないから。今そこにいる状態を受け入れる的なニュアンス。それが優しいよね。
コニシ:なんか、「何々を直そう」とか「無くそう」という啓発本は結構あるじゃない。
九月:あるある。
コニシ:でも「何々を癒やそう」とか……無いな、見たことないな(笑)。
九月:無いですね。「地球を癒やそう」って、偉そうなのかな、もしかして?
コニシ:自分に使うのはいいけど、他人を癒やすとかって関係性が、あれなのかな。
九月:専門家ならまだしも、「癒やす」って何だよっていう。それこそ「癒やしの歌声の歌姫」とかキャッチコピー見たら、「は?」って思うじゃん。
コニシ:確かに(笑)。曲聴く前から「何が?」って思っちゃうもんね。
九月:「癒やされる」って、ちょっと胡散臭いニュアンスが現代においては入っちゃってますね。いいこととは言え、他者への干渉ではあるから。
コニシ:ふわっとしたニュアンスゆえの、無責任さみたいな。
九月:この一分で俺たち、何でこんな嫌いだったんだ、「癒える」「癒やす」を(笑)。あんなに褒めてたのに。「優しいよね」から、「無責任で、おこがましく、偉そう」。
コニシ:何が何だか(笑)。どっちか止めるだろうに、止めもしない。
九月:多面性がありますね。
コニシ:「癒やす」「癒える」にも多面性あるし、俺たちにも多面性がある。趣味でも仕事でも何でも、一個の評価って難しいじゃない。だからこそ「直す」って危ない。
九月:「直す」はその軸を一本に規定しちゃう、前提を決めちゃう。
コニシ:でも「癒やす」「癒える」のいいところは、主体が「回復した」と思ってたら癒えたことになる。それが美味しいよね。
九月:「なるようになる」みたいな、ビートルズの「レット・イット・ビー」的な。あれはめちゃめちゃ「癒える」曲。マザー・メアリーが「カムズ・トゥー・ミー」で。「スピーキング・ワーズ・オブ・ウィズダム、レット・イット・ビー」。知恵に溢れた言葉、なるようになる。
コニシ:それですよね。ある種の放任性みたいなのが、美味しい言葉やね。ジョン・レノンは「癒える」ことを歌ってたんですね。
九月:だからこそ、めっちゃ「癒やすぞ癒やすぞ」って干渉しようとすると、その「癒やす」っていう概念から離れちゃう。能動的に突き進むものではない。
コニシ:「癒やし」というものに対して、節度を持って癒やせ、と。
九月:節度ある癒やし(笑)。超えないこと。
コニシ:何言うてんねんって思うけれども、実際そう。主体が対象に対して優しい距離感を保ちながら、というポテンシャルがこの言葉にはある。「直す」より優しい。ただ、その上で無責任でおこがましいから(笑)。スタンスが違いますよね。
九月:だから、やっぱ人に向けたくない。
コニシ:確かに(笑)。
九月:で、かといってさ、「地球を癒やそう」は嫌だもんな。子供が描く環境啓発ポスターとか、全部変だもん。誰目線の、学校で書かされたからしゃあないし、社会的な意義はあるよ。あるとした上で、ああいうポスター何やねんっていつも思う。
コニシ:確かにね。
九月:一番嫌なのは、「交通安全」の子供のポスター。車の免許も持ってない奴が、何でドライバーを啓蒙しようとするんだよっていう。
コニシ:後部座席しか知らない奴が(笑)。
九月:子供が描いたやつで「踏めますか? 心のブレーキ」って。本当のブレーキも踏めないくせに!
コニシ:足届かないだろ(笑)。
九月:心のブレーキって何やねん。ガチのブレーキをガチで踏めっていう。心がブレーキでも意味ないから。ああいうのは大人が悪いんだけど、「子供が言えば説得力出るだろう」って思い込んでる大人がね。
コニシ:「癒やす」って言葉には、そういうだらしなさ、面の皮の厚さがあるな。無難ゆえに便利に使われてしまってる。
九月:で、そのことを本人が心地いいと思ってる。他人の役に立ててるっていう大義名分に、自分を甘やかしてる。自分が善性のものであると分かってる。芯は通ってないし、他者依存なところがある。
コニシ:こないだ「癒える」二人で飲み会行ったけど、やっぱ楽しくなかったもの(笑)。
九月:「癒える」とね。二時間「こいつは本当はどんな奴なんだろう」って思っていろいろ聞いたけど、何も返ってこなくて。ぬるっといい奴。会話も全部無難で嫌だった、俺(笑)。
コニシ:全部受け身ね。
九月:社会的な意義はめちゃくちゃあるし、素晴らしい。美しいことだから、癒える、癒やすって。尊い。明確な善をなしてる。その時点で賞賛されて然るべき。
コニシ:恩恵も受けてますね、僕らもね。
九月:助かってきた。「癒やされたい」と思うことももちろんある。だけど自分が癒やす側になろうとは思わない。「癒やす」って結局自己欺瞞でしかない。
コニシ:これ「癒える」側に言ってますからね。「甘んじるなよ」って。
九月:言葉に対して攻めていくっていう(笑)。「みんながお前のことウェルカムなわけじゃないぞ」と。
コニシ:噛み締めてほしい。
九月:その上で、それでも人を癒やしたいと思えるなら勝負してこいよっていう。覚悟を持って来い。他者を癒やそうとすることには、すごい責任が伴いますよね。
コニシ:忘れんなよ、お前忘れがちだからなと。相談に乗るよって持ち出したり、掘り起こそうとすることって、「癒やそう」とするおこがましい行為。癒えることはあれど、癒やそうとすることなかれ。
九月:で、これ嫌なのがさ、この話聞きながら、きっと聴いてる人も頭の中で知人の顔二三人浮かんでると思う。「癒やしたがる奴」いるからな(笑)。でも俺たちはそいつに向けて喋ってるわけじゃないから。癒やしたがる人自体は嫌いじゃないし、助かるから嬉しいんだけど。
コニシ:俺たちは「癒える」という言葉自体に対して「何がヒールだ、かかってこいよ」と(笑)。
九月:別のヒール(悪役)ともかかってるし、かかと(ヒール)もヒールだ。
コニシ:うまいんかな、それ(笑)。
九月:どうなんやろな(笑)。だいぶトークまで来ましたが。今回は「癒える」という知ってる単語でやってみました。
コニシ:改めて「癒える」ってどうなの、と考えてみました。お聴きいただきありがとうございました。次回もお楽しみに。
九月:ありがとうございました!
九月
コニシムツキ




